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1月12、13日の両日、 札幌ハリストス正教会を会場に北海道ブロック教会学校教師会・宣教会議があり パパさんと一緒に出張してきました。 教会学校教師会では各教会の活動報告と、 今夏開催のキャンプについての話し合いが行われました。 近年の教会は少子化の影響を大きく受けていて、 信仰の継承者となる子どもたちの姿は普段の日曜日ですら まったくないか、少数に限られている教会が多いです。 そんな状況にあっても、若い世代の家族が集い、 家族的な雰囲気のもとに信仰継承がスムーズに運んでいる教会もあります。 道東・中標津にある「上武佐ハリストス正教会」がその一つです。 ここには私の昔からの友人がいて、現在聖歌指揮者として奉仕しています。 彼から聞く教会の様子は、それは喜ばしい知らせであり、 子供たちやその両親たちが共に聖堂で祈ったり、遊んだりしている姿が目に浮かびます。 大人だけが神妙な顔つきでいる祈祷より、 時に賑やかな子供たちと一緒に立つ祈祷のほうが自然なこと。 私が通う教会においても、今では子供たちを受け入れる環境ができ、 信仰の継承にも前向きになっていると感じています。 マルコによる福音書10章14節には 「幼子を我に就くを容せ」(子供たちをわたしのもとにこさせなさい)とあります。 幼児期の子供たちの吸収力は日常においても目覚ましいものがあり、 素直さでもって教会の習慣や聖書の話を柔軟に受け入れます。 また両親にとっても屈託のない子供たちと過ごすこの時期ほど、 家族としての幸せを実感する時はないでしょう。 「神様に愛され、人々からも愛されている」 教会として子供たちを見守る姿勢は 彼らの成長にとって益あるものになります。 両手を広げて立つハリストスの姿をみたことはありませんか? それは誰でも抱きとめてくださる広い胸ではありますが、 子供たちに是非とも教えていただきたいお姿です。 教会学校の活動の楽しさ。聖体礼儀による恵みを分かち合う喜び。 また、目の当たりにする生と死の儀礼を通じて、 少しずつ人生をも学んでいく機会が子供たちにも与えられています。 教師会は担当者が共通意識の元に、 喜びや悩みを共有し、アイディアや企画を生み出す場。 2年前からは教区としても北海道、東北合同の担当者会が 開催されるようになっているので、今後は教会学校の指針となるものも 必要なのではないかと感じています。 話は少し反れますが、 今の時代は、誰にとっても生きやすい環境ではありません。 揺らぐ学校教育、社会の格差、物が溢れ自己欲求は乾くことがない。 人々の心は常に不安がつきまとい、生活ルールをどんなに 整えても、かえって無関心や不寛容を増幅させているように感じています。 宗教への抵抗感も強い世の中で、 正教会の信徒として生きることは、 ある意味苦痛を伴うかもしれません。 しかし、「生活そのもの」として受け入れ、 実践していくことに価値を見出したならば、 そこには単なる理想を追い求めているだけの人生では ないことに気づきます。 正教会はどこの国、人種に関係なく、 同じ生き方をしている人の集まり。 私自身にとっても波立つ時が訪れたなら、 教会に行くことさえ、ままならなくなるでしょう。 その時に、「自分のためにも皆が祈ってくれている」という支えがあれば 負い目を感じることもなく、感謝を持って過ごすことができるはず。 子供の参祷が停滞している状況に憂いつつ、 今教会に来られない子供たちのため、家族のために、 集っている我々が祈ることも大事なんだぁと会議中にふと思ったのでした。(^^ゞ 今年一年、教会の子供たちと共にどんな出会いが待っているのか。 「神の家族」の輪を広げていくため、地道であっても継続あるのみ。 与えられている時間を大事にして、奉仕に携わらせていただこうと思います。 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
ご無沙汰しております。 |
こっとのママ 2008/01/16 20:56 |
▲こっとのママさん |
nikoyuri 2008/01/17 02:05 |
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