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1月20日(日) 本日、イイスス様が前駆者イオアン(バプテスマのヨハネ)より 洗礼を受けられたことを記憶する神現祭(洗礼祭)が行われました。 私は、生後間もなく洗礼を受けた幼児洗礼者なので、 当然のことながら、その時の記憶はありません。 なので、神現祭の日にその様を追体験してみる自分。 神父様が祈祷でお読みになる 「爾は我の至愛の子、我が喜べる者なり」(マルコの福音書1章11節) ここを読み上げられると、心がとても温かいもので満たされます。 神現祭のイコンにはヨルダン川の流れに身を浸し、 イオアンより洗礼を受ける姿が描かれていますが、 これによって水は聖なるものとなって、 世に満ちていきます。 「爾罪なきものが水の性を聖にして、 我等に水と聖神とに由る復生の途を備え、 我等を初めの自由に返さん為なり」 司祭が黙誦する祝文を読み返してみると、 この部分は祈祷において耳にすることはありませんが とても大事なことを読まれているんだなと思いました。 コロサイ書(コロサイ人への手紙)2章12節 「洗礼を以て、爾等はハリストスと共に葬られて、 また彼を死より復活せしめし神の力を信ずるを以て、 彼と共に復活せり」 ハリストスによって祝福された水は 福音を信じて主と共に生きる新しい生命を 与えられたことを私たちに示しています。 人間が生きていく上で欠かせない水。 この世では、飲み水を当たり前のこととして得られない人々が 11億人もいるそうです。 口にする一滴の水にさえも 感謝の気持ちと、神の愛を感じたいと思います。 |
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